射撃練習

 仕事終わり、私は本部に併設された射撃場で一人、練習を繰り返していた。火薬の焦げた匂いが室内に充満している。プロテクターを外すとウィーンという機械音と共に、先ほど撃った結果が手元に戻ってきた。やっぱり、利き手ではない左手での射撃は難ありだ。これでは、ここぞという時に役に立たない。

「もう一回、」

 穴の開いていない新しい紙をセットし、私は弾を込め直す。その時、背後から視線を感じた。

「っ……あ、赤井さん!」

 ブースの外、ガラス越しに見える彼は組んでいた腕を解いてこちらに向かってくる。一体、いつからそこに居たのだろう。正直、赤井さんからすれば笑ってしまうような射撃結果だったのだから、今のは見られたくなかった。利き手である右なら、悪くないのに。

「あの、私、右利きですから、っ!」
「……知っている。それに俺はまだ、何も言って無いだろう」
「そうですけど、さすがに笑われちゃうかなって」
「笑うような男に見えているのか、心外だな」

 大して傷ついているようには思えない口ぶりで彼はそう言うと、私の撃った紙を攫って行く。ああ、待ってくださいと、言う暇もなくじろじろと見られるとちょっと耐えられない。

「そ、それより、どうしたんですか赤井さん!何か進展でも……?」

 彼の手から紙をひったくり、話題を変えてみる。何かあったのなら、今日の自主練はここまでだ。

「いや、無いよ。だが、まだ君の鞄があったんでね」
「……え、?」
「何も、君を呼ぶためだけに探す訳ではない」
「はぁ……?」
「それで、もう終わりにするのか?」

 その言葉に思わず目を丸くする。もしかして、練習に付き合ってくれるということなのだろうか。後ろから見られていると思うと恥ずかしかったけれど、彼からアドバイスが貰えるならそんな機会なかなかない。

「いえ!まだまだ、やるつもりで……」
「なら今度は、重心に気を付けてみるといい。僅かに傾いていたよ」
「……え?」

 彼の口から、いとも簡単にアドバイスが飛び出して驚いた。射撃に関してあまり指導をしないと聞いたことがあるからこそ、半分自分の耳を疑う。それに重心がズレているという認識も全くなかったから、赤井さんの指摘を受け入れるのに時間を要した。

「き、気づかなかったです……」
「ほんの僅かだ。だがその歪みが、何センチものズレを生む」

 赤井さんはそう言いながら、近づいてくる。

「構えてみろ」

 その言葉が、俄かに信じられない。私は今、本当に赤井さんから言われているのだろうか。いや、でもこれは現実だ。急いでプロテクターを耳に当て銃を手に取ると、赤井さんが私の背後に近づいてきた。

「そうだな……」

 耳を覆っているので、赤井さんの声は聞こえづらい。でも、構えを見られているのは凄く良く分かる。気恥ずかしさに耐え、努めて冷静を装い照準を合わせていると、赤井さんが一歩近づく。

「触れていいか?」

 それは確認というよりも予告だ。赤井さんは私が反応するよりも先に両肩に触れると、微調整を加えていく。彼の吐息を感じるほど近く、妙に鼓動が早まった。さらに胸の開きを直すように後ろから抱き締められるような形になってしまっては、さすがに肩が上がる。

「おい、」
「す、すみませっ……」

 慌てて力を抜くけれど、心臓の音が煩い。こんなにも赤井さんとの距離が近くなると思わなかった。

「それと、こっちの方がいい」

 赤井さんは私の真後ろに立ったまま、手を私の右脚の腿に沿わせると、つま先の方向を僅かにずらす。あまりの密着度に、顔に熱が集まってくるようだ。悟られないように必死に気持ちを落ち着かせるけれど、明らかに気持ちが動揺している。これでは撃てる気がしない。

「あとは……そうだな、」

 さらに赤井さんは身体を少し屈めると、私と同じ視線になった。

「ん、君は……」
「え、っ?」

 赤井さんの声が聞きづらくなって、プロテクターをずらす。彼は気にするなと言いたげに、片手を上げていた。

「ああ、いや。君が見る世界は、随分と違って見えると思ってな」
「……?」
「可愛らしくて、驚いてしまったよ」

 完全に思考が停止してしまっていた私を他所に、赤井さんは隣のブースにあるプロテクターを拝借して耳に当てている。

「なら、やってみてくれ、その体勢なら少しはマシになるかもしれん」

 そう言う彼はいつも通りの表情をしていた。よく分からないままだけど、赤井さんは腕組みをしたまま、顎で“やれ”と指示しているから、やるしかない。気を取り直して銃を構える。

 先ほどのアドバイスを頼りに、いつもより少し姿勢を意識して、そうして放った銃弾はいつもよりも真っ直ぐ伸びていくのを感じた。

「っ、す、すごい!」

 数十秒後、手元に戻ってきた射撃の結果は過去一番と言っていい。ちょっと意識を変えただけで、こんなにも変わるなんて思いもしなかった。見て見てと、脳幹と心臓の位置を正確に抜いた紙を赤井さんに見せつけると、彼は心地よさそうに笑っている。

「これ……かなり嬉しいです」
「現場でこうとはいかんが、馴染むまで続ければ自然と身体は動く」
「……っ、はい!」
「まだ、やりたそうな顔だな」
「もちろんです、馴染むまで続けます」
「……ほどほどにしてくれよ」

 そう言いながらも赤井さんは、しばらく横で見ていてくれていた。